高校生による白神山地縦走の記録


八森~真瀬岳~二ツ森~小岳~冷水岳~藤里駒ヶ岳~熊ノ岱 
昭和60年3月3月21日~25日(四泊五日) 
鷹巣農林高校山岳部(現 北鷹高校) 


   
 白神連山、摩須賀岳をバックに二ツ森の登り 藤里駒ヶ岳 



※昭和60年4月29日付 北羽新報掲載より

春 の 白 神 山 系 を 行 く 
=真瀬~藤里駒ヶ岳の縦走記= 

 真瀬岳~藤里駒ヶ岳概念図 

  ~はじめに~  行程55kmに挑む

 鷹巣農林高校山岳部はこの3月、春山合宿で真瀬岳より藤里駒ヶ岳までの縦走を計画、5日間で完遂することができたが、これはその山行の記録である。今後、この山域に登る方々の参考にしていただければ幸いである。

 コースは八森駅より真瀬林道、中ノ又林道を詰めて真瀬岳に登り、そこから県境の尾根を二ツ森、雁森岳、トッチャカノ岳、小岳、冷水岳とたどり、藤里駒ヶ岳より下山、粕毛林道を下り熊ノ岱までの全行程55kmである。

 日程は春休みに入る3月21日より25日までの四泊五日とし、予備日を1日とった。本コースの県境の尾根はやせ尾根が多く、また、枝尾根がたくさんみられ、悪天のため視界がきかない場合、ルートを見つけるのに苦労を強いられることは確実であり、場合によっては停滞することも考えられる。この山域は晴天日が少なく、天気は非常に変わりやすいという特徴を持っており、5日間好天に恵まれることは期待できない。また、メンバーが20~25kgのザックを背負って山行期間中体調を維持できるかどうかも不安であった。そのため、緊急の場合の下山路(エスケープルート)が必要であり、それを青秋林道、小岳登山道、小岳と冷水岳の鞍部付近まで伸びている粕毛林道を利用することにした。

 メンバーは2年生が5人、1年生が6人、顧問3人の計14名である。装備は冬山装備とし、全員ピッケル、ワカンを持参、テントは冬用ミード型(十人用)と冬用ドーム型(六人用)を用意した。

 3月13日能代営林者と八森町役場へ、3月19日には二ツ井営林署、藤里営林署、藤里町役場に登山届を提出しながら、コースとなる山域の状況について詳しく教えていただき、また、山行中の学校との連絡はアマチュア無線を利用した。そして好天に恵まれることを祈りながら準備を進めた。


※当時は入山規制がありませんでしたが、           
 現在は二ツ森~小岳は核心地域のため許可が必要です。


~行動記録~

3月21日(木)   肩に食い込む荷
 空模様は曇り時々雪で少し不安。だが、全員重いザックを背負い、午前7時7分、鷹巣発の上り列車に乗り、東能代で乗り換えし、9時57分、八森駅に着く。列車を降り、駅前でこれからの行動準備にかかる。海が見え、空には高層雲が少し見られる程度だ。
 準備体操をして、10時26分、ザックを背負い出発する。国道101号線を越え、真瀬川沿いの林道に入る。天気は次第に上がり、日差しが暑く感じられるようになった。左下の真瀬渓谷では、渓流釣りの人々が釣り糸を垂れていた。暑さで汗が流れ、時々通過する林の中の冷気が心地よい。
 11時30分、三十釜の看板前を通過、12時5分、採石場の駐車場を借りて昼食にする。気温が13度と上がり、採石場の斜面からは絶えず岩石や土砂の崩落が続く。採石場現場の監督ら二ツ森付近の概況を話して下さった。さらにお茶の接待まで受け、お礼を言って12時50分、肩にくい込むほどのザックを背負って出発。
 午後1時13分、青秋林道との分岐点に着く。青秋林道は除雪しているが、真瀬岳に至る林道は全く除雪していない。ロングスパッツ、ワカンを装着し、いよいよ雪の上を進む。前方遠くに真瀬岳が見え、その遠さに力が抜ける。2時32分、黒滝で小休止、気温が下がり6.5度、雲が出てきた。林道が土砂崩れで数カ所通行困難になっているところを何とか越え、4時5分今日の幕営予定地の真瀬岳登山口付近に着く。
 全員ザラザラ雪に難渋したせいか、ザックを置いてヘタヘタと座り込んだ。気を取り直し、二張りのテント設営に取りかかる。小雨が落ちてきたので、テントに潜り込み、炊事にかかる。今晩はベーコンスープに持参したおにぎりだ。疲労のためか8時ごろにはほとんどの者がシュラフに入る。テントにパラパラと雨の降る音が聞こえ、明朝天気が回復することを祈り目を閉じる。

3月22日(金)   日本海を眼下に
 朝4時ごろ起床し、炊飯に取りかかる。5時過ぎ、朝食の五目ごはん、インスタントスープ、コロッケを食べ、出発の準備にかかる。天気は晴れ、気温はマイナス4度、準備運動をして7時30分出発。登山口が見つからず、沢をひとつ間違え、急登に苦戦し、やっとの思いで尾根に取り付く。9時54分、599mの標高点に立つ。気温3度。さらに上部へあがるにつれて気温が下がり、風が強くなる。
 11時50分、880m付近の尾根上で風の冷たさに震えながら、昼食のサンドイッチをほおばる。天気快晴、気温マイナス1度。900m付近を山頂へは向かわずに南斜面をトラバースに入る。ワカンをはいていてもかなり深く埋まる。下山予定コースの東斜面に取り付いてザックを置き、空身(からみ)で山頂に向かう。
 1時10分、大きな雪庇(せっぴ)を越え山頂に立つ。素晴らしい眺望だ。白神岳、岩木山、これから向かう二ツ森、藤里駒ヶ岳が一望できる。日本海も青く下に見える。しばらく展望を楽しみ下山にかかる。
 ザックを背負い二ツ森に向かうが、上り下りが多く4時ごろ全員もう限界のようなので、幕営することにする。場所は標高882mの手前、標高810m付近の尾根の張り出しである。予定では二ツ森を越えているはずだったが、標高差708mの真瀬岳の登りが誤算であった。水平距離にして今日の予定の半分ほどしか消化できず、明日からの行動に不安を感じる。
 雪を踏み固め、その上にテントを張る。雪を掘り、水を得るための雪を大きなビニール袋に6個とる。夕食は焼肉ごはん、インスタント味噌汁。登山靴の防水が悪く、靴下がぬれた。濡れた靴下をシュラフの中に入れ、9時ごろシュラフに入る。満天の星空で、明朝は晴れそうだ。.

3月23日(土)  二ツ森の山頂へ
 炊事当番は4時前に起床し、朝食の豚汁とごはんを作る。朝食を食べ、出発の準備。キジ撃ち(トイレ)は適当な所がなく、急斜面のブナの木にしがみついて何とかすます。午前7時53分、気温マイナス3度、快晴、いよいよ3日目の行動に入る。
 昨日の遅れを取り戻さなければならない。知らず知らずに足に力が入る。9時40分、三町村界峰(945m)を通過、気温マイナス1度、眼前に二ツ森の急斜面が迫る。二ツ森の登りにあえいで、10時30分、息を切らして標高1086.2mの山頂に立つ。
 快晴、マイナス2度、素晴らしい眺望である。これから向かう予定の雁森岳、小岳、冷水岳、藤里駒ヶ岳への尾根ルートが手に取るように見える。藤里駒ヶ岳ははるか遠く、このまま踏破できるか不安になる。この辺は粕毛川源流にあたり、沢が深く崩落している所がある。それに対し、北側の青森県側はブナの原生林が延々と続く。
 11時15分、下山開始。773mの鞍部に12時10分に着く。途中、一本南寄りの尾根を下ってしまい、沢を越えて予定のコースに修正する。また、無線で本部との交信ができ、日程が遅れているが、全員元気であることを伝える。この鞍部で昼食のパンとハム、チーズを食べる。気温1度、ブナ林の中を心地よい風が吹いている。
 12時50分出発。ピークをいくつか越え、八森町役場の方が十分に気を付けて通過するようにと注意して下さった雁森岳のやせ尾根が次第に迫る。雁森岳の三角点の手前標高970m付近で小休止。
 午後2時42分、態勢を立て直し、トップ、ミドル、ラストに顧問の先生が入り、一歩一歩慎重に雁森岳のやせ尾根を進む。左側の青森県側は雪面になっているが、右側の秋田県側は山肌が崩落していて、ほとんど直角に沢の中に落ち込んでいる。そのため、雪も付着せず、岩肌が露出している。所々にブナやキタゴヨウがようやく斜面にしがみついている。雁森岳の東側にできた雪庇を下降することができず、少し北側に下って雪庇が小さくなった所にスコップでステップを作って一人ずつようやくの思いで越える。
 幕営地をさがしたが適当な場所がなく、雁森岳と918mのピークの鞍部付近に決める。風が北斜面から上がってきて寒い。テントを張り、風上に雪のブロックを積み風を防ぐ。水作りのための雪を運び、キジ場(トイレ)を作り、あたふたとテントに潜り込む。夕食の牛丼とクジラの缶詰を食べ、明日のための水作りをする。
 テントから顔を出すと星空がきれいだ。予定では今日は小岳を越えているはずだが、まだトッチャカノ岳の手前である。1日ぐらい日程が延びそうだ。燃料と食料の心配をする。一年生二人が風邪気味である。急に悪化した場合、ここからはエスケープルートがない。そんなことを考えている間に睡魔に襲われる。何度か寝返りをうつが、テントの内張とシュラフカバーが凍りついてバリバリと音がする。かなり冷えている。

3月24日(日)  峰越えの白鳥を
 午前2時半、食事当番がもう準備をはじめている。早く下山したいという気持ちからだろうか。朝食の鶏飯と缶詰を食べ、出発の準備をする。今朝は防水が不完全な靴が完全に凍ってしまい、履くのに苦労し、靴ずれが痛い。
 7時20分、快晴の中を出発する。918mのピークへの登りにかかったとき、秋田県側から白鳥の大群が近づいてきた。手の届くような位置を「クワオ、クワオ」と鳴きながら羽音をさせて来た。全員しばらく足を止めて見送る。
 8時30分、トッチャカノ山頂に立つ。気温マイナス1度、小岳が近くなった。ピークを数カ所トラバースし、標高800mからの長い小岳への登りにかかる。ブナ林が消え、大きなドームの形をした小岳の山頂へ向かってあえぐ。
 11時、標高1042.3mの小岳に立つ。気温0度、天気は安定して快晴が続く。展望を楽しみながら昼食のインスタントラーメンを食べる。また、コンデンスミルクを雪の上にかけ、かき氷にして食べる。これは下界では味わえない格別な味だ。見渡す限りの青森県側のブナ林とは対照的に藤里駒ヶ岳付近は全く木のないはげ山に近い。秋田県人として少し残念に思う。
 12時45分、冷水岳に向かって出発。午後になると気温が上がり、雪がザラザラして歩きにくい。いくつかのピークを越えるとダラダラとした冷水岳への登りが続く。3時35分、冷水岳の山頂に着く。気温マイナス2度。田代岳、尾太岳が望める。4時、藤里駒ヶ岳と冷水岳の最低鞍部をめざして出発する。途中、902mのピークをトラバースするが、斜面の雪が緩んで足がとられ、かえって体力を消耗する。
 午後5時、全員疲れ果てて幕営予定地に着く。暗くなりかけてきたので、急いでテント設営にかかるが、動きが鈍い。水作りのための雪をさがすが、きれいな雪がなく少々ゴミの入った雪で我慢する。夕食のシチューを食べる。
 今日の幕営地は素波里の内川付近を予定していたので、明日の下山は無理だろうか。日焼けした顔が痛い。濡れた足が冷たい。靴ずれでかかとが痛い。肩が痛い。腰が痛い。身体がもう限界を訴えている。

3月25日(月)  全員疲労の極限
 炊事当番が今朝も早くから準備を始めている。今日中に下山したいという気持ちからであろう。少し甘いスパゲティミートソースを食べ、出発の準備をする。二年生の二人が今回の山行ではじめてアイゼンをつける。気温マイナス1度、今日は少し高層雲がかかり、天気は下り坂のようだ。
 6時40分、一気に藤里駒ヶ岳山頂をねらう。7時25分、雪庇で広くなった1157.9mの藤里駒ヶ岳の山頂に立つ。風は強いが、天気は幾分回復し、素晴らしい展望となる。岩木山、八甲田山、岩手山、秋田駒ヶ岳、太平山‥‥。記念写真を撮り、7時50分、下りに入る。1078mのピークで本部と交信する。
 尾根を一気に下り、粕毛林道に出る。日差しが強く暑い。林道を何カ所かショートカットして下るが、この林道はとにかく長い。内川の橋で小休止するが、暑くて汗が流れる。ここを過ぎてから土砂崩れの箇所があり、危険である。間もなく伐採工事現場があり、久々に除雪した土の上を歩く。猿ヶ瀬園地の建物が見え、足が速くなる。
 12時31分、猿ヶ瀬に着くが、店が冬囲いの中で全員がっかりする。アスファルト舗装の上で昼食のラーメンを食べ、1時54分出発する。バスには十分に間に合いそうだ。茂谷スカイラインを通り、3時30分熊ノ岱到着。全員疲労の極限だが、今日帰れる喜びで笑顔を隠せない。
 今日踏破した水平距離は20kmあまり、最高点と最低点の標高差が1000m余りになる。これを実行動時間6時間で歩いたことになる。いくら食糧が減ったとはいえ、顧問でさえも16kgぐらいのザックである。これもすべて今日帰りたいという一心だからできたことであり、それだけ今回の合宿は天候に恵まれたとはいえ、厳しい毎日であったのだろう。
 自動販売機からジュースを買って全員で乾杯をする。休む間もなく3時59分のバスに乗り込む。二ツ井までの車中、疲労と安堵の思いで眠る者多い。二ツ井駅前で簡単にミーティングをして解散する。 

 ~おわりに~  好天に支えられ

 今回の山行の成否は、天候に左右されることが予想された。しかし、結果として予想外の好天に恵まれ、ルートを誤ることもなく、順調に距離を稼ぐことができた。2日目の真瀬岳への標高差700mの登りでは、予想外の時間のロスがあったが、その他ではほぼ予想通り、最終日の藤里駒ヶ岳の登りと熊ノ岱までの林道では予想以上の短時間で踏破することができた。
 この山域は標高が低いわりには稜線はやせて細く、山相は壮年期の様相を呈していた。山崩れや地滑りの跡が多く、山腹のブナ林が削れ取られたように落ちているのが至る所に見られた。特に顕著であったのは二ツ森から小岳までの稜線で、雁森岳は狭い岩稜に雪庇が乗った状態で、通過にはかなりの緊張を伴った。
 悪天候によって視界がきかない場合、二ツ森から小岳までの通行は不可能であり、私たちにとって好天に恵まれたことは本当に幸運であった。悪天候の場合は二ツ森から青秋林道にエスケープせざるを得なかっただろう。その他にも、ルートを見つけるのに困難、あるいは危険な箇所が随所にみられた。
 真瀬岳の山頂に着いた時の青森県側のブナ林は息をのむほどの雄大なものであった。夏と違い、葉を落としている今のブナ林は枯れ木のように見えるが、蜂の巣のようにビッシリと山肌を覆い、それは山並みが続く限り延々と続いていた。ブナの白い木肌に黒いコケが生え、そのコントラストが美しい景観を作っていた。今、この山域に青秋林道が通されようとしているが、この素晴らしいブナ原生林だけは伐採されることなく、永遠に残してほしいと思わずにはいられなかった。
 好天に恵まれたものの、全く苦しい山行であった。最終日の藤里駒ヶ岳からは真瀬岳、二ツ森がはるか彼方に見え、私たちのたどってきた踏み跡が尾根筋に延々と続いていた。あの感動は一生忘れることはないだろう。 

八森駅前で準備運動 真瀬岳目指して林道を行く 真瀬岳のきつい登り
     
真瀬岳から白神連山  ブナ原生林  雪庇に気を付けて進む 
     
二ツ森にて  白神連山と真瀬岳  二ツ森にて 
     
トッチャカノ岳手前で幕営  岩木山   ブナ林
     
藤里駒ヶ岳  藤里駒ヶ岳の登り  小岳から白神連山 
     
小岳(左)と藤里駒ヶ岳(奥)  ブナ原生林  無事下山、ジュースで乾杯 


  高校生による白神山地縦走の記録   
inserted by FC2 system